
久しぶりに、夢中になって読んでしまった1冊に巡り会えました!トーベ・ヤンソンさんのことを知りたい人、または戦時中のフィンランド情勢について知りたい人にはとても充実した内容であるし、最近の世の中について考えている人にとってもこの本は色々思えることが多いと思います。
トーベさんについて研究してきた冨原さんが10年もの研究を経て本にまとめ上げた、労作と言えるものです。正に。
分厚いですが文章はさほど難解ではありません。ただ、、解説が欲しいと思うものもありましたね。例えば、「マリアンヌ」や「ポルシェヴィキ」について。一見人物みたいに思えますが、前者は実在の人物ではなくて、自由の国フランスを象徴した女性像であり、後者はソビエトのレーニンが率いた党名です。
また、文中、当時のフィンランド周りを動かした人名が何人か出てきますが、なかなか覚えるのが;;「あれ、この人、どんな人物だったっけ?」とページ読み返したり。とはいえ、詳しくかみ砕かなくてもおおよそのフィンランドの事は分かるかと思います。
・「ガルム」について
さて、本書のタイトルにもなっている「ガルム」とは、フィンランドで30年もの間発行された、政治風刺雑誌です。本書ではカリカチュアと表現されていることが多いです。政治の風刺もありながらも、小説とか、ちょっとしたジョークとかもちりばめつつも、ヘンリー・レインさんという編集人さんと数々の風刺挿絵画家や執筆者によって刊行されてきた、スウェーデン語系雑誌(ここ重要)でした。
他にもフィンランドやスウェーデンなどで数々のカリカチュア誌があったそうです。西欧諸国では風刺の分野も早くからあったのですね。
日本って、あまり風刺画とか見ないし少ない感じもします。だからでしょうか、やはり洗練さなどは西欧のほうが感じられるのかも知れませんね。
・当時のフィンランド情勢
今、「フィンランド」と言えば、「ムーミンだ」とか、今ブームの北欧デザインの国の一つ、とか、陶器のアラビアとかイッタラ、福祉に厚い所など、そんなイメージが浮かぶでしょうか。
良く周りの北欧諸国と一緒にされますが、特にスウェーデンと似た感じもあるけど、どうやらスウェーデンとは何となくライバルのような間柄みたいです、今もかな?
かつては、そのスウェーデンの支配下に置かれ、また一時はロシアに制圧されたり、ソビエトになってからも常に脅かされてきたという歴史があります。独立を勝ち取ったわけですが、その後も内戦が起こり、そして第二次世界大戦の中、やはりソビエトとの戦争、そして当時台頭してきたナチスドイツや、イタリアのファシズムの脅威もありました。当時、ソビエトに対抗する手段として、ナチスドイツなどの右傾化に共鳴する人もいたそうです。
そして今もですが、国内では、フィンランド語系の人、そしてスウェーデン語系の人がいて、どちらも共用語。そしてヤンソンさんはスウェーデン語系フィンランド人でした。母のシグネさんは元々スウェーデン人、お父さんのヴィクトルはスウェーデン語系フィンランド人。
その2つの言語の中で、当時フィンランド語への扱いの不平等さから、フィンランド語を重んじる動きが学生を中心に起こったのですが、後にそれが右傾化となって、フィンランド語でないと受け入れない、と言う動きになってしまい、スウェーデン語の排除という行動にまでなったのですから、スウェーデン語系の人には実に生きにくい社会になったことでしょう・・・。
そしてやがて戦争、全体主義が蔓延して、自由な動きが取りにくい、状況悪化での食糧難とか灯火管制(空襲の目印にされないよう、部屋の灯りが外に漏れないよう窓を黒い布で覆うなどした→「この世界の片隅で」でもすずさんが暮らす北条家でもありましたね。)、禁酒法などなど・・・。
そんな情勢と人々の暮らし、当時の政治家についての風刺とジョークを「ガルム」では取り上げていったのですね。
因みに「ガルム」とは冥界の番犬のこと。画像でもある黒い犬がそうです。
後にこのガルムと共に、あのおなじみのムーミンも登場し、同じくマスコット的な役割を持つことになります(勿論絵はトーベさん!)。
・母シグネさんの絵、そしてトーベさんの絵
ガルムの挿絵や表紙絵画家として支えたのが、トーベの母、シグネさん、そして娘のトーベさんでした。その他にも何人かの風刺画家のかたが挿絵を描かれたようです。あのアラビア陶器をデザインした一人、カイ・フランクの名もある!
本では最初は、フィンランドの情勢を交えながら、他の方の風刺絵が主ですが、やがてシグネさんの絵が多くなり、後半は母の後を引き継いだトーベさんの絵が中心になってきます。
他の方の絵とか、シグネさんの絵もなのですが、当時の政治家や運動家(右傾化とか新フィン主義の人など)を鋭く批判した絵が多くて、辛辣な物も結構あったりする;しかし一方で、トーベさんのそれは、勿論辛辣なテーマもあるけれど、必ずどこかにユーモアがあって、スパイスと共にどこかクスッと笑える絵である事が多いです。それがいいかな。
とはいえ、当時は検閲も勿論あって、トーベさんの絵も検閲にかけられたし、物議を醸したりもしたそうです。あの時代、風刺絵を描き続けることは勇気も要ったことと思います。検閲しているご婦人方が、対象の物語の結末を気にしている絵なんて言うのもあって、笑えてしまいます(これも引っかかってしまったそうです)。
前に書いた、右傾化の人がドイツの劣勢と共に何事もなかったかのように変節する様を描いたのは、「変身請負工場フル稼働中」というタイトル。黒い装いの、つばも吐く右傾化の人が、工場から出るやいなや、真っ白い、以前のことなど知らないがごとくの装いで出てくるパロディー画。多分ガルムで検索するとどこかで出てきますよ。
その他にも当時の人々の暮らしの様子を描いた絵の数々もあって、当時の食糧難や防空壕生活、そんな中でも限られた逢瀬を大切にする恋人達、男女の駆け引きなどの絵が楽しいし、大変な中でも生き抜こうとする人々の姿があると言えるかな。
因みに私の好きな絵の一つが、上の画像にある裏表紙の絵「灯火管制下の天使」。
そして戦争が終わって平和な世界が戻ってきた頃のトーベさんの絵は喜びと、何ものにも縛られなくなった開放感にあふれているのを感じることが出来ます!
そして戦時の途中から、最初はちっちゃく「ムーミン」が登場、ヒトラーが略奪する絵の所で文に紹介されていますが、その前のページでも一つ見つけたよ!だんだんガルム犬と同じくらいのキャラクターになり、後に独自のムーミン物語の主人公になっていくのですね。
・歴史は繰り返されるのか?
この本が出たのが2009年。まだ東日本の大震災もなく、第2次安倍政権も無かった頃。
そして今は他の国では大変なところもありますが、日本とその周りは大きな戦争にはなっていなくて、平和とは言えます。
しかし、、フィンランドで言語を巡っての分断があったり、お隣のスウェーデンとの関係が複雑だったように、日本でも韓国との関係悪化があって、必要以上の対立が起こるのは心傷むことでもあります。
世界各国で右傾化の政党も台頭したりもしているし、アメリカでも移民排斥や白人至上主義が起こったりして、各地で分断が起こったりしています。
本書の中にも「忖度」とか「不寛容」「全体主義」という言葉があったりするけど、現在、その言葉が良く顔を出すようになっている。
そして、政治などの批判する動きを封殺しようとする空気もあります。
美術の世界では、「あいちトリエンナーレ 表現の不自由展」が中止に追い込まれ、国の交付金も停止と言う事態が起こりました。再開を望むところです。各展示作品に関する賛否等、勿論それぞれの意見は自由です。しかし脅迫が短期間に起こったのは異常です。
もうひとつ残念に思ったことがあります。それに付随したかどうか不明な各学校関係に向けての脅迫(似たような脅迫は、後日他地域でも起こったことと、関連を臭わす物は芸術センターにもガソリン云々の一文のみ、関連がらみでも同じ事ですが)が起こり、影響を被ったのでしょう、元々賛同とは思っていなかった展示そのもの自体を「迷惑」とまでしてしまう見方も出てしまった事です。確かに市井に迷惑な事件でしたが、迷惑をかけたのはあくまでも愚かしい脅迫者であって、展示ではないし、賛否とは別の所にあるはずです!(敢えて書きました、これが一番引っかかっていたことなのです。似たようないわれなき扱いは、ガルムの中でもある人種に対してあって後から見るとあんまりだと思うものがあったりする。)
時代は知らず知らず繰り返されるのかな?気をつけないと繰り返してしまいそうですね。
私たちはそうしてみると案外進歩していない、と言えるかも知れません。論理的に見えても主観や感情で言動を行ってしまう、、いえいえ、知恵を持って何とかかつての道には戻らないように歩んでいきたい。当時の人々の残した物から学ぶことは多い。
当時のトーベさん以外の絵を見ると、結構、これが日本語だったとしたら「露骨やな~」と言う物もあったりします;
因みに多くはないですが、日本も題材になっている絵があったりしますよ。
と、多くを書いてしまいましたが、関心を持たれた方は、何かの機会で是非読んでみては如何でしょう?(でもお値段は高いけど;でもその価値はある!)
*これまでに入手したヤンソンさん関連の書も改めて読みたい気もしますが、また時間が取れたときに!!
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