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誤った「環境教育」

*これは、特定の箇所を責める目的で書いたのでは無いことを書き加えておきます。問題は、この流れをメジャーとしてしまっている世論の全体部分になると思うから。

どうかあまりこんな事はしないで欲しいという願いから、改めて書きます。
こんな私はマイノリティーなのかも知れません。

日本での環境教育、生き物に関したそれの場合、その多くが「特定の生き物の愛玩」の域を出ていないことを感じさせられてしまいます。

環境教育って、どんなものでしょうか?

温暖化や農薬問題など言われているように、地球環境に及ぼす人間活動の影響をどう少なくして、未来の地球環境を守っていくのか、これ以上自然の生き物を滅ぼさないように、どう暮らしていけばいいのか、自然の何を学んでいけばいいのか、

環境教育とは、そういった深い内容のはずだと思うのです。私たちのこれまでの行いの反省も含め、未来の子ども達に世界を残していくためのもの。地球にいるのは人間だけではない、あらゆる生き物たちと共に生きていくのだと言うことを。

これまで、川や池に外来魚の放流、以前はニュースで、小学校の行事でニシキゴイの稚魚を放流している様子がテレビであって、愕然としたことを覚えています。最近は、外来種の問題も定着しつつある中、そんなことが無いことを願っています。

ホタルの飼育と幼虫の放流も良く話題になります。その地にいるホタルを保全ならばいいですが、そうでない他の地域のホタルの持ち込みは、問題視する声もあります。(ホタルの遺伝子汚染に繋がると言われます)

さて、下の記事でアサギマダラという渡りをする美しい蝶を、この蝶が好む成分を出すフジバカマを植えることで呼び寄せる花壇作りについて書きました。検索したら、1箇所や2箇所どころか、県内ばかりではなく、色んな場所でこのフジバカマ花壇を作って呼び込んでいる事が分かり、今かなりかなり驚いてしまっている私です;

しかも中にはこれを「環境教育」と呼んでいたりする所も・・・。

アサギマダラは大型の蝶で、その色合いも美しく、会えたらやはりとても感動すら覚える蝶です。更にこの可憐な姿ながら、海を越えて渡りをする事も知られていて、このこともロマンを感じます。渡りのルート解明のためにマーキング調査も行われています。

こうした蝶が沢山集まれば、それは見応えがあり、「綺麗ね~♪」と足を止める人が多くなることは自明のことでしょう。マーキング調査もしやすくなりますね。

各地公園で、そして小学校でも、、その姿を見るためのフジバカマ花壇は作られているようです。そしてこのことについて推奨はすれど、異を唱える人は少ない・・・。

でも、これでいいのでしょうか???

多くの人が足を止めるために、喜ぶために作るこうした花壇作り。それは申し訳ないけど「愛玩」もっと言ってしまうと見せ物的な要素が多く、その様子からは決して環境教育などとは呼べないものです。アサギマダラとフジバカマしか見えていないです。

伊良湖に行くと、フジバカマに近い種のサケバヒヨドリに集まるアサギマダラがいますが、その影にそれを狙うカマキリがいます。時にカマキリに捕まるものもいて、サケバヒヨドリの下にアサギマダラの翅がいくつも転がっている光景もあります。綺麗なアサギマダラもカマキリにはご飯なのですね。(旧ブログ記事参照)

http://62753154.at.webry.info/201110/article_17.html

そしてアサギマダラの幼虫は、キジョランという植物の葉っぱがないと生きていけません

Photo

→こういうとキジョラン畑を作ろうと言い出されるかも?でも本質は、そこじゃない。

アサギマダラはフジバカマだけを吸蜜しているのではなく、近所で見たのでは、外来ですがセンダングサの花であったり、在来のノコンギクの花であったりもします。

Photo

(ノコンギクに吸蜜に来たアサギマダラ)

そして自然にいる蝶はアサギマダラだけではないですし、渡りをする蝶にはイチモンジセセリだって実はそうなのです(ということを恥ずかしながら私はここ数年で知りました;大分前から分かっていたみたいですね)。

Photo_2

(身近にいるイチモンジセセリも渡りをする)

蝶に絞っていれば、彼らはその種ごとに、幼虫の頃それぞれ食べる植物が決まっています。たとえばウラギンシジミは幼虫はナツフジやクズなどマメ化の植物、

Photo_3

(クズの花にいたウラギンシジミ幼虫)

ヤマトシジミはカタバミ、ムラサキシジミは常緑のアラカシやアカガシの葉を、といった具合に。成虫も花の蜜を吸うものもいれば、動物の尿などを吸うものもいたりします。樹液もあるね。

Photo_4

(暖かい12月に現れたムラサキシジミ)

そんな彼らはカマキリなどの肉食昆虫のかけがえのない餌でもあります。

様々な植物がないとそれらを食べる虫、更に肉食の昆虫、そして鳥や獣が生きていけず、そうなると巡り巡って人類の暮らしにも影響が出てくる、その自然、多様な生き物がその地で食物連鎖などを通して繋がっている環境の仕組みを知ること、生物多様性とはを知ること、アサギマダラを含む色んな生き物たちが生きていける環境を知り、残していこうとすること、

それこそが、環境教育の、「はず」です!!

勿論、そこに「人」がいてもいいけどね。

特定の生き物だけを愛玩したのでは、環境教育の真の姿に近づくことはできないのではないかな?

そして特定の生き物だけを尊重すること、ともすればそのために他の生き物を排除したり不要な外来生物の放出や、植え込みなどに繋がったりすることは、反することはあっても環境教育としては誤ったものであると言えるでしょう・・・。

ビオトープのあり方が、時に慎重に見極めなければならないのも、そのためです。

そういえばホトケドジョウを中山間地の水田で保護するために、食べに来る鳥が来ないようネットで覆ってしまうと言った出来事を批判する書き込みも見ていますね・・・。残酷なようでもあるけれど、食べる食べられるという関連もあってこその自然なので。

確かにアサギマダラの呼び寄せは、分かりやすく、また見た目綺麗なので感動を呼びやすいですね、手っ取り早くもある。しかし環境教育とは決して呼んではいけないと思います。

それに渡りのルートは日本では解明されているとも言えるでしょうしね。むしろ渡った先でのデータが少ないのではないかと、そこで調査する人がいないのではないかな?そちらの方が本来重要なのではないかな?

日本の環境教育、本来の意味のもっと成熟したものになる日が果たして来るのでしょうか?

どうか「誤った環境教育」は広めないで、本来のあるべき環境教育とは何かを問い直して欲しいと思います。

*勿論自然の生き物の保全のために観察会活動などを行っている団体や場所が数々あることも付け加えておかなくてはなりません。頑張らねば。

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環境保護」カテゴリの記事

コメント

「フジバカマを植えてアサギマダラを呼ぶことが環境教育ではない」というのは目からうろこでした。
小生の職場がある蒲郡市では市を上げてアサギマダラの呼び込みをやっているので、何の疑問も持たずに小生もフジバカマを1鉢植えていました。
でも言われてみれば、フジバカマを植えることはアサギマダラを増やすことにはならないですね。
しかもアサギマダラが益虫なのか?と言われれば、別にそうでもないですね。
要らんことはしない方がいいのかも知れませんね。

ただ、フジバカマ自体は万葉の時代に詠まれている秋の七草の一つですし、漢方薬の生薬(佩蘭(はいらん))としても使われていたものですから、これを植えること自体は環境破壊とは言えないかも知れません。

秋の七草と言えば、キキョウは野生のものは環境省のレッドリスト2015に載っています(絶滅危惧種II類)。園芸店やホームセンターには毎年たくさん出ているので、よもや絶滅危惧種だとは思いませんでした。


投稿: windview | 2017年11月18日 (土) 20時59分

少数派でもいいです。
ご意見に、まったく同艦!
私の活動している森でも『自然観察指導員』様が、まるで生きがいであるかのようにフジバカマ園の手入れとマーキングを毎年の活動の柱にし、市でも推進しています。一度そのグループの方に仲間と一緒に疑問を伝えましたところ、それまでと態度が豹変。まともにものも言ってもらえなくなりました。
ナノデ以来、「自然観察指導員」という人々には、よほどのことが無い限り近づかないことにしています。彼等の「自然保護」って、その程度のものか、と。
たいへん残念なことですが、私たちの周囲では多くの方から、そう見られるようになってしまっています。これはむしろ健全な傾向と考えてきましたので、今回の記事で味方を得た思いです。
ヒメボタルなどにしても一緒。希少種を守ることが唯一大事なのではなく、希少種になってしまった要因の、ヒトが関わる部分をどう克服・止揚するかが、より大事と思います。

投稿: 森の妖精アイ | 2017年11月19日 (日) 00時39分

windview様、
コメントありがとうございます。
関わっている方には、活動について「良いこと」と思って見える人もいることと思います。
確かに庭や街中にフジバカマを植えること自体は大きな問題にはならないでしょう・・・。
野生のものは生息地が限られているようで、その場所は守られて欲しいですね。
フジバカマに限らず、植え込みが憂慮されるのは、元々野生のものが自生している場所に他地域からの植栽がされることや、園芸種(交雑種)が植え込みされることで本来の自生種の遺伝子汚染がされる恐れがある場合とされています。
あとは元々自然植生がある場所での植え込みとか。
アサギマダラの吸蜜場所については、花壇の動きがある一方で、本来の移動ルート状の吸蜜植物などがある場所が、過度な刈り込みで衰退したりするなどして消失になりそうな事態もあることをこの前聞いて、そちらの方を何とか良い方法で残されないものかと案じています。

たとえば、ホタル保全の例として、私は実践には関わったことがないので安易に言えないかもですが、その地のホタルを保全をあくまでベースとした上で、単に幼虫を飼育、自然に放すと言うのではなく、ホタルの住みやすい環境について知り、川の自然植生を残す、または再生する(コンクリート護岸撤去とか、)取り組み、産卵しやすい環境を残したり復元することで、結果的にホタルがそこに再び住んでいけることと他の生き物たちも住みやすくなったり、川の水質などが良くなったりすることに繋がったり、そうした仕組みを知ることになるのであれば、それは環境教育になると思います(^^)!

投稿: urikaede | 2017年11月19日 (日) 07時33分

森の妖精アイ様、

自然保護活動とは、要望活動や署名とか、そう言った部分もありますが、実のところはもっと地味な部分が多いと実感しています。
その中にはコミュニケーション、もかなり重要な要素だと思っています。
ただ、すべての人が同じ自然観や保護・保全の理念を持っているわけではないですし、保全のあり方も知れば知るほど単純ではなく複合的な要素があるので、その辺りをどう対象の場所の自然にとって一番良い方法に働きかけていけるか、というのが難しいところだと思いますね。

今回の記事の書き込みも、実はとても気を遣って書いてはいます(^^;)
こちらを書いた目的としては、これを読んで「そうだったのか!」と気づいてもらえれば、と言うところにありますので。

おっしゃるとおり、希少種だけが大事なのではなく、むしろ希少種を守ることの本来の意味の方を知ってもらえれば、と思います。
希少な生き物と、それを取り巻く環境のこと、それを知り、どこまでが適宜に関わっていけば良くて、どこからが関わらないでおくべきなのか、その辺りの見極めは、あくまでも科学的に、客観的にでありたいですね。

実際の観察や得たことを元にその辺りをどう伝えていけるのか、が、本来自然観察に携わる身としての課題なのでしょう・・・。

投稿: urikaede | 2017年11月19日 (日) 07時46分

追記コメント。
記事冒頭に青文字で書きましたことをご理解いただければと。
また、植え込みについては本来その場所にない植物の植え込みも、環境保全、自然史の面では望ましくないものと言えます・・・。
*自然観察指導員講習に講師で見えた方(小野木三郎先生!)がこの辺りはとても明確に話されていたことを思い出します。何冊か本も出されているので機会あれば是非!

投稿: urikaede | 2017年11月19日 (日) 11時12分

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