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私と自然観察とは。

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子どもの頃から自然は好きだったと思います。保育園に通っていた頃、幼児用プールにカエルたちと一緒に泳いだ記憶が残っていますし、春、一面に咲いたレンゲ畑の中でお花摘みに夢中になった光景がやはり思い浮かべたりします。
 自然破壊の話や環境保護についても小さな頃から関心はあり、テレビで「野生の王国」という、世界各地での野生動物についてのテレビ番組を見るのが楽しみでした。そして動物たちの置かれている自然破壊の状況にも心を痛めていたと思います。
 しかし、子どもの頃は自然の中で遊ぶと言うよりは、ぼ~っと外の自然の景色を眺めるのが好き、という感じでした。高校生の頃、新聞に載っていたメジロの写真が可愛かったので、その宣伝で出ていた「野鳥の歳時記」シリーズを買って読んだことで野鳥に興味を持ちだし、通っている学校の周りの山々を見るのが一段と楽しみになりました。探鳥会にも参加しました。
 一旦、就職して、自然に触れる機会が減っていたのですが、ある森の観察会=それは正に以前通っていた高校~短大の近くの裏山だった!に参加したことで関わりが増えることになります。
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自然観察そして保護問題も迫っていた森であったため、自然観察=自然保護は普通に私の中では結びつく事となります。生き物について詳しく知るだけではなく、人としてどう付き合えばいいのか、どう守るのか、自然に優しい生き方は何だろう、ということも、同じ時期に揺れていた保護問題の地を訪れることで考えるようになりました。
 そう、海上の森と出会い、藤前干潟の当時のゴミ埋め立て予定のこと、長良川、諸々知ったことで自然観察は自然について考えていく生き方でもある、と思うようになりました、というより極普通に思うようになったと言っていいでしょうか。

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そして、自然を観察し見ると言うこと、それは自然の仕組みを見続け、変化を感じ取り、それぞれの場所でそのことを発信することでやはり自然との付き合い方についても考えると言うことに結びつくのではないかと思います。元々定点の場所を定期的に観察することが性に合っていたとも言えますが、見続けることの重要さもそこにはあると思います。
 勿論、普段とは違うちょっと遠くの場所に行くことも、色んな場所の自然を見ることも大好きですし、若くて時間のあった頃は良く出かけてもいました。子育て、車の運転出来る範囲が限られているなど(東三河は特に車でないと行けない場所も多いので)、制約がある今というのもありますが、私にとって自然を見ると言うことは、いつも普段見るベースとなる場所がまずあって、時に違う場所の自然も見ていく、といったスタンスであるのがしっくり来るようです。まるで消費のような自然との付き合いはしたくはないです。
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そして何より、自然観察に伴う行動の諸々、得た知識、生き物の識別スキル、通信や絵、発信の媒体など含めて、それらは他者との競争のために行っているのではなく、そこに捕らわれたくは無いとも考えています。それは本来の目的を見失ってしまいますものね。
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見てきたことをどう伝えていき、伝えた先でその方が自然について考えてくれるようになったなら、これ以上のうれしさはないと思います。そのような自分になれるのか、そして素敵な出会いとなった自然の生き物たちに対して、自分はどう生き方として答えられるのか、自然観察はそのためにあるのではないかな、とやはり振り返って思う今です。

追記

だから、ゴミ問題も、温暖化も、原発と放射能汚染についても、自然環境と繋がっているので切り離して考えると言うことは本来無いですね。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

とっても励まされる記事でした。
上手には言えなかったけれど、きっと同じようなことをみんなに伝えようとしてきたつもりです。
「個人の趣味」にはとどまらない、自然とのお付き合いをしていく仲間を増やしたい。
あわよくば行政のお役人のなかにも理解ができて、行政の施策が少しずつ変わっていくといいな・・・などと想ってみたりいたします。
戦争や原発や「弱いもの」いじめと向き合わない「自然観察」ってダメでしょ。
森の中で、そんなことを感じ、語ったりしています。

投稿: 森の妖精アイ | 2017年6月12日 (月) 00時56分

森の妖精アイ様、

お返事ありがとうございます。
実際の観察で、私もどこまで言えているのか、と思ったりします。
惰性に流されるとともすれば忘れそうです。
ただ、意味のない観察はあまりしたくないな、、身近であっても、というのはあります。
最近気落ちしたことがあり、その時改めて自分にとっての自然観察を考える機会が来て、いろいろ考えていたのでした。
東三河では、語れる機会がなかなか少ないですよ。

最近、こちらでも食の安全や、自然に近い農のあり方の方面からの環境へのアプローチは増えては来るようになってきています。

投稿: urikaede | 2017年6月12日 (月) 09時56分

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